音楽の売り方、宣伝の在り方がめまぐるしく変わっていく2020年代の音楽シーン。ストリーミング全盛の時代にあっても、変わらず人の心を動かすヒットを生み出し続ける人たちがいる。時代とともに音楽の生み出し方は変わっていくのか、スタッフたちの愚直な思いは変わらないのか──アーティストをヒットに結びつける“今”のHit Makersの声に耳を傾ける連載の第6回。
今回登場するのは、ビクターエンタテインメントでサカナクションを2009年から一貫して支え続けてきたA&Rプロモーターの山上聡氏。2026年6月の「MUSIC AWARDS JAPAN 2026」(以下、「MAJ2026」)で主要部門の最優秀楽曲賞をはじめ、最優秀アニメ楽曲賞を含む8冠に輝いた最新ヒット『怪獣』、そしてリリースから14年を経て突如世界規模のSNSバイラル・ミームからストリーミング1位へと結びついた『夜の踊り子』の奇跡。この未曾有のダブルヒットの裏側には、緻密なブランドコントロールと、アーティストとの絶対的な信頼関係から生まれる“A&Rとしての流儀”があった。
『アルクアラウンド』からのスタート
──サカナクションとの出会いと確信
──まずは山上さんのこれまでのキャリアと、サカナクションとの出会いについて教えてください。
1999年に新卒でビクターエンタテインメントに入社しました。最初の2年ほどはパッケージ(CD)の営業職として名古屋営業所に在籍し、その後東京に戻ってきてからはレーベルの宣伝部に所属しA&Rプロモーターを務めるようになりました。
最初はロックではなく、レゲエやヒップホップのアーティストをメインに担当していました。その後も韓国のシンガーやアイドル、俳優の歌手活動までかなり幅広いジャンルの宣伝プロモーションに携わらせていただきました。
当時最先端のロックバンドやオルタナティブなミュージシャンを数多く手掛けているレコード会社という点に魅力を感じ、自分もいつかはシーンを代表するロックバンドを手がけたいという強い憧れを抱いてビクターに入社しました。しかしながら巡り合わせもあり、ずっと異なるジャンル・カルチャーの音楽を担当していたんですが、2009年に初めてロックバンドを担当することになり、それがサカナクションでした。
──担当する前のサカナクションには、どのような印象を抱いていましたか?
彼らが3rdアルバムの『シンシロ』をリリースする直前のある日、後輩のスタッフから「山上さん、絶対好きだから観に行った方がいいですよ」と勧められて一緒に渋谷duoにサカナクションが出演しているイベントのライブを観に行き、そこで度肝を抜かれました。
「誰がやっても売れる」と思ったのを今でも鮮明に覚えています。そのライブでは『三日月サンセット』や『ネイティブダンサー』、さらに『ナイトフィッシングイズグッド』をやっていて、その圧倒的な音楽性と演奏クオリティ、何よりぶっ飛んだ才能に衝撃を受けました。
その時はまさか自分が担当するとは思っていなかったのですが、その『シンシロ』のツアーが終わった後に「お前がサカナクションの担当だ」と声がかかりました。違うアーティストを担当すると思っていたので「なぜ自分なんだろう?」と最初は驚きましたが、改めて彼らの音楽と深く向き合い、なんて素晴らしいバンドなんだと身が引き締まる思いでした。自分が担当になって最初にリリースされた作品が、2010年のシングル『アルクアラウンド』でした。

「受賞トロフィーを前に、ようやく肩の荷が下りた」
──MAJ2026での8冠達成と、スタッフ部門独占の重み
──サカナクションは2026年6月に開催された「MUSIC AWARDS JAPAN 2026」にて、最新曲『怪獣』が最優秀楽曲賞、最優秀ロック楽曲賞、最優秀アニメ楽曲賞といった楽曲部門に加え、クリエイター(音響、照明、MV、アートワーク)の各賞を、実に8部門を受賞される快挙を成し遂げました。受賞時の率直なお気持ちはいかがでしたか?
正直に申し上げると、授賞式の前は「これだけたくさんの部門にノミネートしていただいているのに、もしひとつも取れなかったらどうしよう」と、メンバーも僕らスタッフも心配で仕方がありませんでした。ですから、最初の部門で受賞が発表されて壇上にメンバーが呼ばれた瞬間は、喜びというよりも「よかった、これで無事に帰れる!」という安堵感がすごかったです(笑)。
アワードが進行するにつれて、トロフィーがどんどん増えていって、結果的に8部門をいただくことになりました。本当に光栄なことですし、何よりもうれしかったのは、音響(佐々木幸生氏、八木嘉己氏、笠井宏友氏)や照明(本田祐介氏)、ミュージック・ビデオ(田中裕介監督)、アートワーク(平林奈緒美氏、Martin Holtkamp氏)といった、裏方のプロフェッショナルなクリエイターを対象とするスタッフ部門を受賞できたことです。
これまでスポットライトが当たりづらかった、アーティストを裏で支える職人たちに光が当たる場をMAJが提供したことは、音楽業界にとって非常に意義深いことだと思います。彼らは単なるビジネスパートナーではなく、私たちにとっては担当するミュージシャンと同列のアーティストであり、“TEAMサカナクション”を創り上げるクリエイターです。長年培ってきたクリエイティヴの実績が、こうして評価されたことに言葉にできない重みを感じています。
──メンバーの皆さんとは、受賞後にどのような会話をされましたか?
メンバーの反応も私たちスタッフと同じで、やはり「本当に獲れてよかったね」と安心していました。彼らはどんなに大きな成功を収めても、本当に驚くほど謙虚なんです。常に「謙虚に行こう」と話し合っているのですが、受賞後も浮かれることなく、今後のアウトプットのクオリティに徹底的にこだわり抜く姿勢を改めて確認し合いました。

©CEIPA /MUSIC AWARDS JAPAN2026
境界線を越えた「チーム」の絆
──「TEAMサカナクション」の実務システム
──先ほど「TEAMサカナクション」という言葉がありましたが、プロダクション(ヒップランドミュージック)や外部クリエイターとの間で、クオリティに対する共通言語をどのように共有されているのでしょうか。
一般的には“マネージャーはここまで”、“レーベルはここまで”と役割分担がカチッと決まっているケースも多いと思いますが、サカナクションのプロジェクトは各スタッフが職域をシームレスに行き来しています。A&Rプロモーターである私自身、時にマネージャー的な立ち回りをしますし、プロダクションのスタッフがプロモーションに深くコミットし、レーベル的な対応をすることもあります。誰がどこに所属しているかに関わらず、アーティストファースト、クリエイターファーストで、アーティストがやりたい表現を最大限にサポートするためにはどうすればいいか、潤滑油としてお互いに機能し合う実務システムが自然と出来上がっています。
──外部クリエイターの方々とも、非常に強い信頼関係で繋がっている印象を受けます。
そうですね。例えばジャケットデザイナーや、MV監督、ヘアメイクやスタイリストの方々に対して、楽曲のコンセプトとストーリーの共有をした先のクリエイティヴはプロフェッショナルとして完全に一任しています。
彼らは全員、サカナクションのメンバーと同等のアーティストですから、下手な口出しはしません。余計なストレスを排除し、信頼で繋がる関係を長年かけて熟成させてきたことが、TEAMサカナクションの最大の強みだと思います。

©CEIPA /MUSIC AWARDS JAPAN2026
作品の強度を信じて「腹をくくる」
──『怪獣』に寄り添うA&Rの矜持
──最新ヒット曲の『怪獣』ですが、山口一郎さんの休養からの復活となる極めて重要な作品でした。そのぶん制作は難産を極めたと聞いています。
山口一郎という作家は、とにかく作詞・作曲に異次元の時間をかける人なんです。映画『バクマン。』の主題歌『新宝島』の制作時に納品が半年ほど遅れた話はあまりにも有名ですが、それ以外の件も含めて(笑)、難産には慣れているつもりでした。
ただ、今回の『怪獣』に関しては、山口の病気療養からの復活劇というバックストーリーもあり、彼らのミュージシャン生命をかけた、絶対に妥協できない最高傑作でなければならないというハードルが、通常よりも遥かに高かったんです。
本来は2024年10月クールのアニメ『チ。-地球の運動について-』のオンエア開始に合わせて、9月末収録のNHK特番でフル尺を披露する予定だったのですが、歌詞が上がらずに断念せざるを得ませんでした。アニメオンエアの開始に合わせてフル尺での配信リリースをするという努力目標も崩壊し、ツアー『SAKANAQUARIUM 2025 “怪獣”』が発表された後も、楽曲名をツアータイトルにしたライブに間に合うのかと、プロダクションのマネージャーが年明けまで顔が青ざめるほどの状況でした。
──そのような極限の状況において、山上さんはA&Rとしてどのようにバランスを取っていたのでしょうか。
山口は納得がいくまで絶対に完成としないミュージシャンです。ですから、A&Rとしての心構えは「無になって、ただ待つ」しかありません。ただ待つとは言ってもビジネスの進行がありますから、関係各所に対して誠意が伝わるようにどうご案内するかを必死に考えていました(汗)。それが私のサカナクション担当宣伝マンとしての重要な業務のひとつです。
──最終的に、曲が上がってきた時の衝撃は覚えていますか?
年明け以降も「本当にツアーに間に合うのか……」とメンバースタッフ一同ピリピリしていましたが、ツアー前日に歌詞が上がってきた瞬間、完全に空気が変わりました。「最高傑作じゃないの!?」って、それまで「曲がないとライブもリリースもできないよ」と渦巻いていた不安・不満が、「さすが山口一郎だな」というリスペクトに変わったんです。
私自身も送られてきた歌詞を見た時、彼がこれだけ長く病気と闘い、リスナーの想いもすべて飲み込んで、自分自身と向き合って吐き出した言葉の美しさに鳥肌が立ちました。「これは宇宙まで行っちゃう曲だな」と直感しましたね。彼らの作品が強いからこそ、私たちスタッフも命懸けで寄り添い、どれだけ納品が遅れようとも待つという覚悟を持つことができるのだと思います。
作為を排し、自然体のバズに伴走する
──『夜の踊り子』1位獲得の内幕
──そして2026年春、14年前にリリースされた『夜の踊り子』が、SNS上でのバイラル・ミーム現象を起点に突如ストリーミングチャート1位へと駆け上がるという、奇跡的な現象が起きました。この経緯をレーベルとしてはどう追っていましたか?
2026年の2月ごろ、若いスタッフから「ボートレースの動画で『夜の踊り子』が使われています」と報告があったのですが、最初は「ボート!?」という感じでした。海外を起点にじわじわ火がついていることは認識していましたが、その翌週には状況がガラリと変わり、K-POPアーティストたちが次々とダンスを投稿し始めて、爆発的な広がりとなりました。
今回うれしかったのは、単に動画の素材(ミーム)として消費されて終わるのではなく、SpotifyやApple Musicといったストリーミング実聴へとシームレスにつながったことです。通常、ゴールデンウィークは再生数が落ちる時期ですが、若い子たちがキャンプ場やイベント会場など皆で集う機会に一緒に踊る動画をたくさん投稿してくれたことで拡散され、チャートが急上昇して1位を獲得しました。
──山口一郎さんご自身も、このバズに対してダイレクトなアクションを起こされていましたね。
山口から、「自分もこれ(踊ってみた)やった方がいいですかね?」と相談されたので、「やってみたら?」と背中を押しました。その後も「投稿している人に『いいね』を押しているんですけど、失礼じゃないですかね?」と連絡がきたので、「逆に、一郎くんに見てもらえたらファンはすごくうれしいと思うよ」と伝えたんです。
山口が楽曲制作の合間を縫ってものすごい数の一般の方々の投稿に「いいね」を押し始めて、それが山口から「いいね」される、ということも話題のひとつとなり、バズが本人公認のお祭りへと昇華しました。A&Rプロモーターとして意識したのは、レコード会社が広告予算を割いて仕掛けるのではなく、アーティストの直感を信じ、その背中をそっと押す、どちらかというと静的なアプローチでした。
──なぜ今回は、ミームに留まらず「ストリーミングチャート1位」という本物のヒットに繋がったのだと分析されていますか?
まず圧倒的な楽曲の強さがあったこと。それに加えて、最新曲『怪獣』のロングヒットや、山口が日常的に行っているYouTubeでの配信活動によって、SNSのアルゴリズム上で「サカナクション」という主語がしっかりと認知されている状態になっていたからこそ、バズがアーティストの実聴へと正しく紐づいたのだと思います。
今のユーザーは、企業が仕掛けた、いかにも宣伝っぽい押しつけには敏感で、すぐに冷めてしまいます。だから、今回のバズをトレースしても再現性はありません。彼らが真剣にオーセンティックな手法で作り上げてきた『夜の踊り子』という作品の強度が、14年の時を経て時代と結びついた、本当に奇跡的で美しい出来事だったなと受け止めています。
ヒットの「新しいモノサシ」をつくる
──配信時代の課題とA&Rの役割
──その一方で、山上さんは現在の音楽配信マーケットの構造に対して、非常に冷静かつ鋭い課題意識を持たれています。
これは他のレコードメーカーのスタッフの方々ともよく議論するのですが、今の配信チャートは硬直化しすぎている、と感じています。かつてはCDチャートが同じような役割を担っていましたが、今のストリーミングチャートは、強固なファンダムを持つトップ・アーティストの楽曲や、過去にカラオケ等で歌い継がれてきた楽曲が上位を占め続け、新しい才能ある若いアーティストがなかなか入っていけない、という高い参入障壁があります。
現在のチャート上位を席巻しているビッグアーティストの規模のファンダムを新人の作り手が構築するには、どうしても時間がかかってしまいます。誰も悪くはないのですが、新しい風が入りづらくなっているのが現状です。
──その高い壁に対して、A&Rとして現場でどのように向き合っていこうと考えていますか?
ストリーミングチャートで上位に入ることだけが成功だという、今までのチャート至上主義的な指標を追いかけ続けると、アーティストも息切れしてしまいます。
私個人としては、プロモーションの成功指標を意識的に変え始めています。まずは「ファンをどれだけ作れたか」、「ライブにどれだけのお客さんが来てくれたか」、「レコード会社としてどのような認知の獲得を手助けできたか」というように目標を細分化し、ひとつずつ成功事例として積み上げていく。チャートの順位だけではない多くの異なる判断軸を組み合わせることでアーティストをじっくり育てていくことが、遠回りに見えますが私たちに課せられた戦略の転換なのだと思っています。

こだわりを世の中に繋ぐ「翻訳家」
──サカナクションを支える「じいや」としての役割
──最後の質問になりますが、山上さんご自身は、A&Rプロモーターとしてご自身のタイプをどう表現されますか? シーンの動きに気を配り、自らプロモーションに勤しむ「プロモーター型」、レコーディング現場に張り付いて音作りにコミットする「スタジオマン型」、アーティストのこだわりを大衆や社内の言葉に翻訳して成立させる「翻訳家・バランス型」、社内各部署を巻き込んでアイデアを広げていく「組織・団体競技型」のうち、どれがいちばん近いでしょうか。
僕は完全に「翻訳家・バランス型」ですね。
アーティストは、自身の人生をすべて賭けて音楽を作っています。時には、命を削るようなリスクを背負って表現を追求しています。会社という組織に守られて生きているサラリーマンである僕らが果たすべき役割は、アーティストの狂気的なこだわり、本質的なクリエイティヴを最大限に守りながら、彼らの才能が世の中に受け入れられるように“翻訳”して浸透させることです。
私のプロジェクトにおける立ち位置は、彼らがアーティスト活動を安心して長く続けられるように、時に「坊っちゃん、それ以上は……」と耳の痛いことも言える、ちょっと口うるさい「じいや」のようなものかもしれません(笑)。
アーティストファーストを貫きながら、時にクリエイティヴと相反することを求められるビジネスマターとの美しい調和を模索する。この時代に最も求められている、オーセンティックでありながらも動的なA&Rプロモーターの在り方だと信じています。
2009年の出会いから一貫してサカナクションと並走してきた山上氏の言葉には、どれだけ制作が難航しようとも作品の力を信じて腹をくくる“待つ覚悟”と、役割を超えたチームの信頼関係が強固に結びついていた。あざとい仕掛けがすぐに見透かされるSNS時代において、14年越しのバズをチャート1位というヒットへ昇華させたのは、アーティストの直感を信じて背中を押す絶妙な距離感があったからに他ならない。
過去のカタログがチャートを占領する配信シーンの行き詰まりに対しても、数字だけの横綱相撲を捨て、現場の熱量やファンとの結びつきという確かな実績を積み上げようとしている。アーティストの圧倒的な表現力を世の中とつなぐ“翻訳家”としての誠実さにこそ、これからの音楽シーンが健全に発展していく上での真の希望があるのだと感じさせられた。
(TEXT:油納将志 PHOTO:島田香 PRODUCE:本根誠)
Hit Makersが選ぶ原点の5曲
My Roots 5
by 山上 聡
Warszawa
David Bowie
Stinkfist
TOOL
Rearviewmirror
Pearl Jam
冬のセーター
BLANKEY JET CITY
Everything In Its Right Place
Radiohead
PROFILE


山上聡/やまがみ・さとし
1999年入社。これまでA&Rプロモーターとして数多くのアーティストの宣伝担当を務める。現在はサカナクション、サンボマスター、ハナレグミの宣伝担当を務める。
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